いずみく どううんじ | |||||||||||||||||||||||||
宮城の旅 仙台市泉区 洞雲寺 | |||||||||||||||||||||||||
<洞雲寺> 慶雲年間、定彗法師がこの地に蓮葉山円通寺を開き、慈覚大師が中興し山の寺を称するようになりました。 その後加賀の大乗寺三世明峯素哲禅師により寺跡を復興し龍門山洞雲寺と称しました。 再び廃寺となるも、梅国祥三禅師が応永7年(1400)、当時の領主に請い、七堂伽藍の他25院を造営し 大道場となりました。 その後も二度の火災にあい荒廃してしまいましたが、仙台輪王寺前住?蕃和尚はこのような由緒ある名刹を 再興しようと藩主吉村公に請い、伊達氏の保護により享保14年(1729年)から約50年かけて仁王門、仏殿、山門、 開山堂、方丈庫裏など壮麗を極めた堂宇が建立され、再び禅宗道場として奥州に重きをなしました。 昭和18年に、当時近くを運行していた仙台鉄道の火の粉により山火事が発生し、これにより由緒ある建物は 全焼してしまいました。 洞雲寺は代々古内家の菩提寺となっています。裏山には古内重弘の墓があります。古内氏は近くの福沢城に 居城していた豪族で国分氏の家臣でした。主家の没落後は伊達氏の臣下となっていました。古内重弘は二代 藩主伊達忠宗に重用されて国家老の地位までのぼり仙台蕃の基礎をつくったことでも知られています。 洞雲寺の周辺は商業地や住宅地の開発が進んでおり寺の敷地だけが切り取られた別空間のように感じられます。 春は桜、夏は深緑・秋は紅葉・冬は庭園の雪景色と年間を通して、その風景を楽しむことができます。 周囲の喧騒とした環境に対し、静寂と緑に包まれた境内は都会の中のオアシス的存在となっています。
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