神社社紋 藩祖政宗公拝領の菊紋 神社社紋











本殿

                                              <仙台市有形文化財(本殿)>


御 祭 神

 遇土神(かぐつちのかみ)火の神ほか十二神を合祀します。




鳥天狗 大天狗
源瀬政鵺退治図 一面 牛若丸剣道修業図 一面

大天狗・鳥天狗(日本最大)

桜門両袖に天狗の座像があります。正面向かって右が大天狗、左が鳥天狗です。
天狗は、愛宕大神様のお使いと云われています。
大天狗は愛宕太郎坊と云われ、天狗の中でも最高位の天狗と云われます。
鳥天狗は大天狗の命を受け、善道を司ると云われております。
天狗の前にワラジがよく掛けてあります。古くより崇敬者が、旅行安全(道中)、交通安全、身体健固、病気平癒、八方除等の願いを籠めて奉納される民族的信仰の表われで、人間如何に足が大事かを思わせる奉仕品です。

愛宕神社由緒
由来


当神社は仙台駅より南へ3・5km、仙台城(青葉城)址より南東へ2・5kmに位置し、東に太平洋、西に蔵王連峰、南に大年寺山(伊達家四代以降歴代霊廟)、北に栗駒山、眼下には清い流れの広瀬川を望み老杉茂る景勝の地、愛宕山に主祭神遇土神のほか十二神をお祀り申し上げます。
現在の社殿は慶長八年、藩祖政宗公千代城に入城と同時に御造営になり御還座申し上げております。
当神社は古く羽州米澤に御鎮座になされ、天正19年(1591)藩祖伊達氏十七世政宗公が、米澤より陸奥国玉造郡岩出山の移るに際して、社も岩出山に御還座、慶長5年(1600)千代城を青葉城に築城、名を仙台と改められ、慶長8年(1603)政宗公入府に合わせ社も一時国分荒牧村(現元寺小路)に仮還座を行い、同年仙台城や城下を一望できるこの愛宕山(以前天狗山とも称す)に御社殿を御造営になられ、御還座申し上げ、誓願寺を別当寺とし、合わせて五貫七百二十文を寄進されております。以後藩内の安全を祈願するなど、特に火防の祭は城下挙げての盛大な祭りが行われたといわれます。この様に歴史を見てまいりますと、政宗公が知行地を移す毎に当社をお祀りしていたことがわかります。
政宗公の意思を継いだ歴代の藩主特に二代藩主忠宗公慶安3年(1650)、四代藩主綱村公元禄7年(1694)に改修、修復工事を行っております。その後は歴代藩主の小規模ながら修理等が繰返され、ことに五代藩主吉村公は祭田三十石を献納するなど、この時代には仙台の代表的な神社となっております。皇室の御安泰、国家鎮護、藩内の安全を祈る歴代藩主の尊崇殊のほか篤いものがありました。
ことに股肱白石城主片倉小十郎景綱の長子重綱は、家臣の兜の前立にまで「愛宕大権現」の護符を差し挟み、大坂の役の戦陣の立ち勇猛であったと伝えられております。天明元年(1781)菊池岡左衛門廣隆は石華表(鳥居)壱基を、若生儀兵衛は石段を奉納、大正12年吉田つぎ子刀自は嗣子と共に石段の補修と拝殿までの敷石二百余間(凡364米)を奉納するなど藩政時代から現代に至るまで、藩主・家臣・庶民の信仰頗る厚いものがあります。当神社例祭には仙台市内全域の神輿渡御が市民挙って盛大に行われ、取り分け終戦直後、戦火により廃虚となった市中の復興と、市民の心の奮起を願い、戦前にも勝る神輿の渡御が三カ年連続にして斎行され、杜の都仙台市の復興と発展(現青葉まつり)の基となったことは特筆されるものであります。
末社稲荷神社を奉斎します。


< 祭 事 暦


 1月 1日    元旦祭
    14日    どんと祭
 旧正月24日  鎮火祭
 2月11日    紀元祭(建国記念日)
    17日    祈年祭
 7月23日    神輿渡御・宵祭
    24日    例祭
 11月23日   新賞祭(秋祭・勤労感謝の日)
 毎月24日    月次祭


    
神社入口
拝殿 梵鐘



急な階段を上ると仙台の街並がきれいに見えます。
余談ですが、愛宕神社のとなりには大満寺虚空菩薩堂があります。
こちらの神様は干支で丑・寅になりますが、縁結びの神様もいらっしゃいます。


急な階段 愛宕神社と虚空菩薩の地図 神社から見える仙台の町並




仙台総鎮守    愛 宕 神 社

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