| たいわちょう よしおかはちまんじんじゃ | ||||||||||||||
| 宮城の旅 大和町 吉岡八幡神社 | ||||||||||||||
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< 吉岡八幡神社 > 元和四年、伊達政宗の三男宗清によって鶴巣下草(しもくさ)から現在地に移された。 黒川郡の総鎮守とされたこともあり、明和元年(1764)に造営された髄身門がある。 境内には、当地の宗匠(そうしょう)によって立てられた芭蕉碑がある。 高さ1.7mほどで、横からは達磨風(だるま)に、正面からは徳利風に見える自然石である。 碑面には、 「藤の実は 俳諧にせん 花のあと」 という句が刻まれ、寛政十一年(1799)三月建碑とある。 社殿は拝殿と本殿を一つの建物石の間造りで、県の重要文化財に指定されていましたが、昭和63年(1987)落雷で焼失。 平成元年9月14日再建されたものです。
< 由 来 > 昔、吉岡八幡神社の神主が村を通りかかった時、高島田結いの花嫁さんに片思いし、恋慕のあまりに病になった。 心配した村人たちが、島田髷の形をした飴を奉納して慰めたところ、たちまち病が治ったといわれている。 神主は村人への感謝を込めて毎年旧の12月14日に縁結びの祭事を行なうようになった。 「千代のえにしを八幡様に結ぶあかねの島田飴」江戸時代から、祭りの夜に「島田飴」という花嫁の文金高島田を かたどった飴が売られ、その飴を買って帰ると良縁が授かるという言い伝えがあります。
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