宮城の旅  白石市 観光地一覧
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白石城(益岡公園)
白石城 ★★
白石城は、藩政時代は片倉家の居城また、戊辰戦争の歴史の1コマである奥羽越列藩同盟締結の地として知られています。
本丸・二の丸は桜の名所として知られており益岡公園として白石の人々に親しまれています。平成7年(1995)には本丸(天守閣)が復元され、現在では白石市のシンボル的存在となっています。
天守閣は昔ながらの建築様式にのっとって復元されており、青森ヒバやヒノキをふんだんに使った豪華な造りとなっています。天守の上からは、白石の町を一望することができます。
白石市益岡 益岡公園内
片倉家廟所・片倉多喜子の墓・田村清顕公の墓
片倉家廟所・多喜子の墓・田村清顕の墓
白石市の西側、愛宕山(あたごやま)の麓にあり、延宝八年(1680)、片倉氏三代景長(かげなが)が、みずから土地を選んで歴代の墓所としました。
 花崗岩の玉垣に囲まれて、10体の石造阿弥陀如来坐像が並んでいます。十一代以降の当主および夫人らは傑山寺を墓所としています。

また近くには、片倉多喜子、伊達政宗の正室、愛姫の父、田村清顕(三春城主)の墓もあります。
白石市福岡蔵本字愛宕山
飛不動尊
飛不動尊
天正19年(1591)に伊達政宗が建立したと伝えられています。
飛不動の由来は、昔堂が火災に見舞われたとき、本尊が自ら飛出し、裏にあった岩窟に避けたと伝えられ、またあるときにはこの地方に大地震がおきたとき、堂や周りの建物は巨岩に押し潰されてしまいましたが、本尊と僧侶は奇跡的に傷ひとつ負いませんでした。このことより飛不動は霊験高い不動尊として知られ多くの崇敬を集めました。
災難厄除のほか良縁、子宝、家内安全にもご利益があると言われ、8の付く日に参拝すれば願いは叶うといわれています。
白石市小原字江志山
田村神社 甲冑堂
田村神社 甲冑堂
坂上田村麻呂を祀る田村神社境内にあって、御影堂ともよばれ、芭蕉の紀行文にも紹介されています。堂は法隆寺夢殿によく似た六角堂で、明治8年(1875)に焼失してしまいましたが、昭和14年(1939)に再建されました。
堂内には源義経の家来、佐藤継信・忠信が着用したという甲冑と、郷土の彫刻家小室達(こむろとおる)氏の製作の兄弟の妻の美しい甲冑姿の木像があります。この像は兄弟の父、元治が臨終の間際、戦死した息子への追憶で心を痛めているとき、その妻が凛々しい甲冑姿で兄弟の凱旋を装って現れ、老父の心をやすめたといわれる故事によって造られたものです。
白石市斎川字坊ノ入54

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