| 栗原市名所、観光地一覧☆の付いている場所はさらに詳細がご覧になれます。 |
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伊豆沼・内沼は宮城県の仙北平野の中央にある低地湖沼で栗原市と登米市との境界付近に広がっています。沼面積は387hの低地湖沼で東北地方最大になってます。この地域は雪が少なく、しかも沼の全面が凍氷結しないため、珍しいハクガンやシジュウカラガン、例年10月下旬になるとシベリアから渡って来るたくさんの渡り鳥の飛来地として知られており、鳥達が越冬できる条件を備えた沼です。国際的にも重要な湿地としてサムサール条約の登録地となっています。
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| 栗原市築館・栗原市若柳・登米市迫 |
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新潟県村上市にある耕雲寺の末寺で嘉吉元年(1441)に本山耕雲寺二世中積が開山しました。当時は荘厳な七堂伽藍を誇っていましたが、文明年間(1469〜1487)火災のため、宝物・記録を含め全てを失ってしまいました。その後伊達政宗の六男宗信が岩ヶ崎鶴丸城主となったとき再興されましたが、宝永4年(1707)再び焼失してしまいました。
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| 境内には伊達宗信とその母、茂庭氏一族の墓があります。また本堂には政宗の五男宗綱と宗信の位牌が安置されています。 |
| 栗原市栗駒岩ヶ崎桐木沢89 |
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大同2年(807)、坂上田村麻呂が奥州侵攻のため、この地に滞陣したとき霊夢をみて将軍の守り本尊として兜に埋めてあった閻浮檀金と言われる金銅仏(5.5センチ)の聖観世音像を観請し開山したと伝えられており、初崎大悲閣と称し、東北地方ではまれにみる名刹霊場となっています。
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本堂の東側にある千寿ヶ池を中心とした大庭園は松と広葉樹の自然林に囲まれ、春にはツバキや十数種のサツキが咲き乱れ、秋には千寿ヶ池が真っ赤に染まるほど紅葉します。
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栗駒山の南山腹、揚石山(あぐろすさん)の北側に位置しています。山に囲まれた標高640〜680mの湿原で、面積は約60万u、火山灰の堆積によって基盤の排水が悪く湿原となったものです。泥炭層の厚さは深い場所で2.5mにも達する場所もあります。
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| キンコウカ・ヌマガヤ・ニッコウキスゲ・トキソウなどの高山植物が群生しており、花の季節には見事な眺望となります。 |
| 栗原市栗駒沼倉耕英南 |
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栗駒山は宮城県・秋田県・岩手県の三県にまたがっており、標高1628mで那須火山帯に属し奥羽山脈の中央に位置し別名を須川岳(酸川岳)ともいい円錐型の裾野となっているコニーデ型の休火山です。頂上からの眺望は雄大で月山・鳥海山・蔵王・早池峰山をはじめ遠く太平洋を望むことができます。
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いわかがみ平は栗駒山の南東腹、標高1113mのところにあります。駒ノ湯温泉からさらに奥へと行き樹海の間を進み県道の終点にあります、登山道(中央コース)の入口になっています。
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花山寺は平安時代、奥州平泉藤原文化の遺跡と伝えられ、金峯山花山寺の跡です。当時は、七堂伽藍を備えた大寺院であったと伝えられていますが、江戸時代の初期頃に衰退し荒廃しました。
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この寺のものと思われる運慶作の木造不動明王像と両脇侍像の計三体の木造が現存しています。なおこの木造は宮城県の文化財に指定されています。
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江戸時代、栗駒山の鞍部を通り秋田県雄勝に通じる街道の関所の跡です。番所の起源は永禄9年(1566)といわれていますが、慶長13年(1608)この地が仙台領になってから、木戸門・役宅などが建てられて御境目番所となりました。現在も門や役宅が残っており国の史跡に指定されています。
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敷地内には築200年を越す役宅があり資料館として一般公開されています。内部には槍・刺又などの他、梁の上にはかまど神、釜男の面をはじめ民俗資料が展示されています。
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温湯温泉から湯の倉温泉へ向う道と約2kmほど進むと吊り橋があります。この吊り橋を渡りさらに1.2kmほど行ったところにある滝で高さは45mの岩盤を白糸が綾となり縫うようにして落ちています。その可憐とも表現される美しさから白糸ノ滝と呼ばれ、周囲をハイキングする人々の憩いの場所となっていあます。
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白糸の吊り橋から、湯浜温泉までハイキングコースが設けられており、吊り橋から白糸の滝までは、片道30分ほどで行くことができます。傾斜も緩やかですので、ゆっくり散策することができます。
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